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【ビートルズ】5人目のメンバーがいた!?

ミュージシャン【ネタ】 この記事は約 4 分で読めます。 8 Views

【ビートルズ】忘れてはならないもう一人のメンバーとは!?

ジョン・レノン(G)、ポール・マッカートニー(B)、ジョージ・ハリスン(G)、リンゴ・スター(Ds)、音楽に詳しい人もそうでない人も、名前だけは聞いたことがあるでしょう。この4人で編成されたバンドが60年代に、音楽界を風靡したビートルズです。

実は、この編成に落ち着くまでにビートルズは幾度となくメンバーチェンジをしました。ビートルズの土台となった最初のバンド「クオリーメン」が結成されたのが、ジョンが中学生だった1956年。それから約6年、ジョンを中心に、ポール、ジョージの順でメンバー構成を固めながらようやく4人に落ち着きますが、ビートルズがつくられる6年の過程には、どうしても忘れてはならない人物がいたのです。

その名は「ステュアート・サトクリフ」

彼は、アート・スクール時代のジョンの親友であり、画家としての素晴らしい才能を備えていました。ジョンに誘われてベースを始め、60年、1月からベーシストの座に収まります。ステュアートはそれまで音楽経験はなく、ミュージシャンとして劣っていたことから、ポールとジョージは必死に反対したようです。しかし、ジョンの惚れ込みようには他のメンバーも納得せざるをえなかったのです。

ベースの腕は今一歩だった彼ですが、黒いサングラスをかけ、客に背を向けて演奏するなど(演奏の不出来を隠すためでもあったようですが)、他のメンバーとは違った独特の雰囲気を持ち、そのシャープな表情は常にファンの視線を集めていました。ところが、ステュアートは、同年のハンブルグ公演に参加した際に、彼らのステージを熱心に見に来ていた美術学校生と劇的な恋に落ちてしまいます。アストリッド・キルヒャーという、映画女優並みのブロンド美人でした。ジョンは親友との間に割り込んでくるアストリッドに激しく嫉妬したため、二人の友情に次第にひびが入っていったのです。それに加え、もともとステュアートの参加に反対していたポールとステュアートがステージ上で殴り合いになったのをきっかけに、ステュアートはグループを離れ、アストリッドと暮らしながら、本格的に画家の勉強を始めました。

しかし、新たな生活がこれから始まろうという62年4月に、ステュアートは脳出血で倒れ、21歳の若さで人生の幕を閉じたのです。劇的な人生を送ったステュアート、彼が『5人目のビートルズ』『もしかしたらビートルズのベーシストだったかもしれない』と、いわれる人なのです。

 

ビートルズになりそこねた男

一方で、『ビートルズになりそこねた男』いわれているのが、ピート・ベスト(Ds)で、彼がメンバーに加わったのは、ステュアートのいた1960年のこと。ビートルズが大手のレコード会社と契約する直前までメンバーであったという、なんとも悲劇的な男なのです。ドラムの腕は立たなかったけれど、持ち前のルックスの良さでファンからは圧倒的な支持を得ていました。メンバーから外れたあと、ファンからは、「あの人のいないビートルズなんてビートルズじゃない」「ピートこそビートルズ」などと、叫ばれ続けていたほどの人気振りでした。

突然の解雇の理由は、大きな謎に包まれていますが、一つはドラムの力量、2つ目は、ピートが気難しい性格でメンバーに馴染めなかったこと、3つ目には他のメンバーがピートの人気に嫉妬していたという理由があげられています。解雇にあたってどんな理由があったにしろ、後のビートルズの人気を築き上げるのには大いに貢献した人だったのです。彼も、『5人目のビートルズ』だと、いえるのかもしれません。

 

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